★百日咳とは何か
百日咳は Bordetella pertussis(百日咳菌) による呼吸器感染症です。
百日咳菌は1906年に、ベルギーの細菌学者ジュール・ボルデとオクターブ・ジャングによって
感染している乳児の痰から菌を分離することで発見されました。
百日咳菌は気道粘膜に付着して増殖し、強い咳を引き起こす毒素を産生します。
咳が治まるまで、約100日間と長い時間がかかることから、百日咳と呼ばれています。
特徴的な痙攣性の咳発作が長期間続くことが最大の特徴です。
百日咳菌の特徴として、感染力がとても強いことが挙げられます。
子どもの病気というイメージがある方も多いかもしれませんが、
実は大人も十分かかる可能性のある感染症です。
近年は、子どもの頃に受けた予防接種の効果が薄れた
大人の感染例が増えている
ことが問題となっています。
★症状と経過
特有のけいれん性の咳発作(痙咳発作)を特徴とする急性の気道感染症です。
感染後、5~10日の潜伏期間を経て、症状が出現してきます。
もし子供が感染した場合には「学校保健安全法」により特徴的な
咳が消えるまで、または5日間の適正な抗菌薬療法が終了するまで
お休みしなければなりません。
百日咳は 3つの段階に分けて経過します。
全経過で約2~3カ月で回復するとされています。
1.カタル期
初期のカタル期には、軽い咳や鼻水、くしゃみ、微熱などが1~2週間続きます。
次第に咳の回数が増え程度も激しくなります。
朝起きた時や夜寝る前に咳が出やすくなり、日を追うごとに咳の回数が増えていきます。
この時期は、風邪とほとんど症状が変わらないため診断が難しいのですが、
感染力が最も強い時期です。
2.痙咳期 (けいがいき)
コンコンと激しい咳(スタッカート)が続いた後、
ヒューっと息を吸い込む音(フーピング)を繰り返す
特徴的な発作性けいれん性の咳(痙咳)
が現れ、2~3週間続きます。
この音は「吸気性笛声(きゅうきせいてきせい)」と呼ばれ、百日咳の最も特徴的な症状です。
発作は突然やってきて、顔が赤くなるほど激しく咳込みます。
特に夜間に悪化することが多く、睡眠が妨げられることもしばしばです。
激しい咳の後に粘り気のある痰が出たり、
咳がひどすぎて吐いてしまったりすることもあります。
この時期は乳幼児が感染した場合は特に危険です。
小さな子どもでは典型的な「ヒューッ」という音が出ないこともあり、
代わりに呼吸が一時的に止まる
「無呼吸発作」からチアノーゼ、けいれん、呼吸停止と進む可能性があります。

3.回復期
激しい発作は次第に減衰し、2~3週間で認められなくなります。
しかし完全に症状が消えるまでには、さらに数週間を要することもあります。
一見良くなったように見えても、体が疲れているときや寒い場所に出たとき、
夜間に突然咳の発作が再発することもあるため、油断はできません。

◎大人に現れやすい特有の咳の傾向
大人の百日咳は「痰が絡むような湿った咳」ではなく、「連続する乾いた咳」が続く
ことが多いです。
「長引く咳」が主症状で、子どもと異なり特徴的な症状が出にくい
ため単なる風邪と誤認されがちです。
また、発熱も軽度か認められないケースが多いため、多くの大人は自覚症状が乏しい
まま日常生活を送り、周囲への感染源となっていることも少なくありません。
大人の場合、子どものような特徴的な「ヒューイング」(息を吸い込むときの笛のような音)
が出にくく、一般的な風邪や気管支炎、喘息との区別が非常に難しいのです。
この見逃しが感染拡大の一因となっているのです。
夜間になると咳がひどくなり、睡眠不足や倦怠感を強めます。
強い咳が長引くことで血圧の上昇や頭痛を引き起こすこともあります。
★感染経路と潜伏期間

百日咳の主な感染経路は
「飛沫感染」と「接触感染」です。
特に飛沫感染が大半を占め、感染者の咳やくしゃみに含まれる菌が空気中に広がることで
感染が拡大します。飛沫は約1~2メートルの範囲に広がるため、人が密集する場所では感染
のリスクが高まります。
免疫を持たない人が感染者の咳やくしゃみによる飛沫に接触すると、
高い確率で感染すると言われています。
接触感染は、百日咳菌を含んだ飛沫が手すりやドアノブ、テーブルなどの物の表面に付着
し、それに触れた手で自分の目や鼻、口を触ることで感染する経路です。
例えば、バスの手すりに付着した菌が手に移り、その手で顔を触ると、
菌が体内に侵入するチャンスを与えてしまいます。
なお、百日咳は空気感染(空中を漂う微粒子による感染)はしないとされています。
★感染が起こりやすい状況
*家族内での生活
(特に、大人から抵抗力の弱い赤ちゃんへ)
*職場、学校、保育園などの集団生活などで長時間人と接触する場合
*病院や介護施設などでの集団発生も報告されており、
一人の感染者から急速に広がることがあります。
*満員電車やバスなどの混雑した公共交通機関
*換気の悪いオフィスや会議室
*咳やくしゃみをしている人との近距離での会話
*免疫が低下している時期
(疲労やストレスが強いとき など)
*ワクチン接種から時間が経過し、免疫が薄れてきたとき
*基礎疾患があり体力が低下しているとき
合併症と重症化リスク
百日咳は重症化するリスクと様々な後遺症をもたらす可能性がある感染症です。
特に乳幼児や高齢者、基礎疾患を持つ方は注意が必要です。

睡眠障害(不眠)
夜中に咳が出て成人患者の約77%が入眠障害や夜間覚醒を繰り返すというデータがあり、
日常生活の質を大きく下げる原因になります。
体重減少
「なんだか食欲がわかない」「疲れやすくなった」という症状がみられ
3~33%の方に体重減少が見られます。
特に高齢者では体力低下につながる心配があります。
尿失禁
特に出産経験のある女性では、咳による腹圧上昇で3~28%の方が
尿失禁「咳をしたら尿が漏れてしまった」を経験します。
肋骨骨折
強い咳の圧力で肋骨にヒビが入ることがあり、成人患者の1~4%に発生します。
特に骨が弱くなりがちな中高年以降は注意が必要です。
レントゲンを撮って初めて骨折が分かることも珍しくありません。
結膜出血
咳発作による呼吸筋や胸郭への強い圧力変化が続くと
顔面や目の周囲の血管に負担がかかり結膜出血を起こすことがあります。
失神
長く咳き込みすぎると一時的に酸素供給が不十分になって失神(2~6%で報告あり)
に至るケースもあるため、周囲の人が注意して見守る必要があります。
腱鞘炎
長期間の咳により、手首や指先にある腱鞘に負荷がかかる場合もあり、
痛みや腫れを生じることも考えられます。
疲労感や倦怠感
長期的な咳による体力消耗で日常生活に支障が出る
頭痛
咳発作によって頭部の血流が増し、痛みを感じやすくなる
副鼻腔炎(13%)や中耳炎(4%)
幸いなことに、成人の百日咳では神経学的な合併症はまれで、
致死率も0.01%程度と低いのですが、重症化しやすい方は十分な注意が必要です。

百日咳の重症化リスクは年齢や健康状態によって大きく異なります。
特に危険なのは以下のような方々です。
*乳幼児(特に生後6カ月未満)
肺炎や呼吸停止、さらには脳に影響する神経合併症のリスクが高まります。
無呼吸エピソード(一時的に呼吸が止まる状態、27~86%と高率)
乳幼児が感染すると重症化しやすいため、家庭内での感染予防意識が重要になります。
*高齢者や基礎疾患を持つ人
肺炎や症状悪化のリスク
年を重ねると免疫力が自然と低下します。
百日咳に感染すると肺炎を併発しやすく、場合によっては命に関わる事態に発展する可能性もあります。
「ただの咳だから」と甘く見ないことが大切です。
咳が2週間以上続く場合は、百日咳を疑ってみましょう。
基礎疾患がある方
喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)、糖尿病などの持病がある方は、
百日咳によって状態が悪化するリスクが高まります。
★診断
*問診と身体診察
医師は咳の性質や持続期間、発作の起こる頻度や時間帯などを問診で確認します。
咳発作中にヒューという呼吸音があるかどうかも判断材料となります
*検体検査(細菌培養・PCR検査)
百日咳の確定診断には鼻咽頭拭い液や痰などを採取して
細菌培養やPCR検査を行う方法があります。
本邦では2021年に抗原定性も保険収載され、キットが発売されており、診断に有用です。
検査キットに採取した検体を滴下させ、陽性であれば免疫反応によって色をつける検査法です。
インフルエンザや新型コロナウイルス感染症などでも使われています。
症状が出てから時間が経過していると細菌が検出されにくくなる
ことがあるため早めの受診が大切です。
*血液検査(抗体価測定)
血清抗体検査は採血を行い、血中にある抗体を調べる検査です。
咳が始まってから時間が経過しており、培養やPCRで百日咳菌を確認しにくい場合には
血中の抗体価を測定して感染を推定することがあります。
特定の抗体が高値を示す場合、過去に百日咳に感染したことや現在感染している可能性
を判断しやすくなります。
★LAMP法
遺伝子検査です。
鼻や咽頭から検体を採取し、標的である遺伝子だけを増殖させます。
そのため、偽陰性が出にくく短時間で結果が出ます。
*画像検査による除外診断
長引く咳の原因は百日咳だけではなく、肺炎や気管支喘息
などほかの疾患の可能性も考えられます。
*胸部X線撮影(肺や気管支に炎症や異常がないかを画像で確認)や
*CT検査(肺内部をより詳細に画像化し微小な病変も確認可能)
などを行い、肺や気管の状態を確認することで他の病気の有無を見極めます。
特に肺炎の兆候が見られない場合は百日咳の可能性がさらに高まります。
★予防とワクチン接種の重要性
予防方法

百日咳の予防は主に
「ワクチン接種」と「日常的な感染対策」の2つの柱で成り立っています。
子どもだけでなく大人も免疫は時間とともに弱まるため、
追加接種を検討する価値があります。
また、手洗いやマスク着用といった基本的な感染予防策も欠かせません。
特に赤ちゃんや高齢者など感染すると重症化リスクが高い方々を守るためにも、
周囲の大人が予防意識を持つことが重要です。
ワクチンは百日咳予防の要です。
ワクチン接種を受ける際は、以下の点に注意しましょう。
- 体調が良い日に接種する(発熱や体調不良時は避ける)
- 過去のワクチンで強い副反応があった場合は医師に伝える
- 接種後は15~30分程度病院で様子を見る
- 接種部位の腫れや軽度の発熱など、軽い副反応は起こりうる
珍しいケースですが、強い副反応(高熱や激しい痛みなど)が出た場合は、すぐに病院を受診しましょう。
百日咳の予防にはワクチン接種が有効です。
予防接種を受けると、百日咳にかかるリスクを80~85%程度減らせます。
予防接種は、生後2ヶ月から接種可能となっています。
以前は生後3ヶ月からの接種でしたが、2023年4月より変更となりました。
0歳児のうちに、百日咳、破傷風、ジフテリア、ポリオの4つの病気を防ぐ
四種混合ワクチン(DPT-IPV)を接種し、1歳で追加接種を行います。
定期接種は上記のスケジュールとなりますが、
5~7歳の時と、11~12歳の時の2回、三種混合ワクチン(百日咳、破傷風、ジフテリア)(DPT)
を接種しておくと、予防効果が高まります。
※2024年4月からは、4種混合ワクチンにHib(ヒブ)ワクチンをくわえた
5種混合ワクチンの定期接種が開始となりました。
子どもの定期接種の対象となっている百日咳ワクチンですが、
免疫が永続するわけではありません。
大人が予防を意識することで、感染拡大を抑止できる可能性があります。
大人の追加接種の意義
一般的には子どもの定期接種として用いられていますが、接種後10年ほどで免疫が徐々に低下するため、成人でも再接種が推奨される場合があります。
特に
★医療従事者
★保育士や教師など子どもと接する機会が多い職業の方
★乳幼児がいる、また出産予定の家庭の両親や祖父母
★妊娠を希望する女性とそのパートナー
などが接種を検討するケースもあります。
★ワクチン接種以外の予防策
*手洗い
(外出先から戻った時や咳エチケット後に石けんやアルコールで洗浄)
や
*マスク着用
(マスクを着用して気道への刺激を減らす)
*咳エチケットの徹底
(咳・くしゃみの飛沫拡散を防ぎ、周囲への感染を抑える咳・くしゃみの飛沫拡散を防ぎ、
周囲への感染を抑える)はもちろん、
*十分な栄養(バランスのよい食事を心がけ、ビタミン・ミネラルを摂取する)
と
*休養(睡眠をしっかりとり、疲れをためない)を取って免疫を保つ
ことも大切になります。
*無理のない運動で血行を促進し、免疫力を維持するために
*ストレスを適度に解消し、抵抗力の低下を防ぐ
*湿度を50~60%に保つ
(乾燥を防ぎ、気道への刺激を減らす)
*部屋を清潔に保ち、ほこりや刺激物を減らす。
*不要不急の外出を控え、感染者との接触回避。
特に
子どもや高齢者、基礎疾患のある家族がいる場合は接触の機会を減らす。
*温かい飲み物を摂取して喉を保護する(気道粘膜の保護)
*就寝時に上体を少し起こした体勢で寝る
(咳発作を軽減)
*室内の換気
定期的に窓を開け、空気の入れ替えを行う
*消毒の徹底
ドアノブやテーブルなどをアルコール消毒液で拭き取る
★治療

百日咳の治療には主に抗生物質が使用され、症状に応じて対症療法も組み合わせます。
早期治療が重要で、治療開始が遅れると咳の症状を短縮することが難しくなります。
症状が出始めてからできるだけ早く病院を受診することがポイントです。
基本は「マクロライド系抗生物質」です。
これらは百日咳菌を効果的に排除し、感染力を弱めます。
主に使われる抗生物質は次の3種類です。
①アジスロマイシン
最も使用頻度が高く、3~5日間の短期間服用で効果があります。
1日1回の服用で済むため、飲み忘れが少なく、子どもにも使いやすい特徴があります。
②クラリスロマイシン
7日間程度の服用が一般的です。
1日2回の服用で、食事の影響を受けにくいという利点があります。
③エリスロマイシン
従来から使われてきた薬で、通常14日間服用します。
他のマクロライド系抗生物質に比べて服用期間が長いですが、確実な効果が期待できます。
これらの抗生物質は、服用開始から5~7日程度で百日咳菌の感染力を抑えますが、
体内から完全に排除するには約2週間かかります。
咳が始まってから早い段階(カタル期~痙咳期早期:3週間以内)なら
抗生物質の効果が期待できますが、
それ以降では咳の症状自体を劇的に改善させることは難しくなります。
ただし、症状の改善が見込めない時期でも抗生物質の服用は重要です。
なぜなら、体内に残る百日咳菌を排除することで、周囲の人への感染リスクを減らせるからです。
治療には対処療法も大切です。
激しい咳による体力消耗や不快感を軽減するため、症状に応じた薬が使われます。
鎮咳薬
特に夜間の咳発作を抑え、睡眠の質を改善します。
漢方薬
体質に合わせて処方され、長引く咳に効果的なことがあります。
気管支拡張薬
気道を広げ、呼吸を楽にします。
解熱鎮痛薬
咳による筋肉痛や頭痛を和らげます。
なお、最近ではマクロライド耐性の百日咳菌も報告されており、
治療が難しくなるケースも出てきています。
日本では百日咳は「第五類感染症」に分類されており、医師が診断した場合は